科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

陰謀論のカタログとしてのMAHA報告書

畝山 智香子

5月22日、ホワイトハウスが「我々の子供たちを再び健康にする評価」と題するMAHA委員会報告書を発表しました。大統領をはじめ関係閣僚がそろって記者会見してこれが政府のコンセンサスだと確認したようです。
MAHA – The White House

前のコラム(MAKE AMERICA HEALTHY AGAIN)とは何か – FOOCOM.NETでご紹介したように、2025年2月13日の大統領令にある、大統領令発出から100日以内に子供の健康問題に関する現状と問題点を「評価」したMAHA委員会報告書を発表するという指示に従ったものです。5月22日は98日後だとHHSのプレスリリースで述べています。
MAHA Commission Unveils Landmark Report Exposing Root Causes of Childhood Chronic Disease Crisis | HHS.gov

8月にはこれをもとにした「戦略」を発表することになっています。

私はこの手のあまり学ぶところのない文書は読みたくはないし紹介したくもないのですが、仮にも米国政府が公式に発表したものを公的組織が公式に批判的に言及することは難しいだろう、そうするとこの文書の問題点が指摘されないまま「権威ある内容」として一般の人々に広まってしまう可能性があるため、ただの一個人が感想を述べておく必要を感じてここに書いておきます。

●報告書の構成

タイトルには「評価」とありますが、何をどう評価したのかの説明はなく、「根拠の解析」というのは単なる言葉遊びだと思われます。つまりだれがいつこの文書をどうやって書いたのか、何を対象にしてどこから文献を探したのか、言葉の定義や略称の説明、といった普通の「評価書」にあるべき情報は一切なく、パブリックコメントやピアレビューはもちろんなく、MAHA委員会がこう思う、ということを並べただけになっています。

MAHA委員会はRobert F. Kennedy, Jr.HHS長官を委員長とするTrump政権の任命した政治家と組織の長からなるので、科学分野での専門家は入っていません。

最初に米国の子供たちの慢性疾患が増加しているという時代も年齢もばらばらな統計が紹介され、その原因は食事・環境化学物質・ライフスタイルの変化(技術)・医療の4つであると断定されます。そしてこの4つの分野でこれまでRobert F. Kennedy, Jr.氏らがまき散らしてきた各種のデマを含む多数の項目が健康悪化の「原因」として名指しされます。つまり陰謀論のカタログになっているわけです。

●食についての内容

食事については超加工食品(UPF)が最大の悪とされています。
UPFの定義は様々だとしつつも、「企業による加工」が有害影響の理由であるとすることや穀物や油脂を精製すること自体を「超加工」に分類して悪いことだとすることはオリジナルのNOVA分類とも違います。

基本的に穀物は血糖を上昇させるので食べないほうが良いという炭水化物悪者説と、シードオイル悪者説に従っています。低炭水化物食あるいは炭水化物制限食を推奨し、食事の主なエネルギー源はタンパク質であるべきと主張します。

食品添加物は合成色素、二酸化チタン、プロピルパラベン、ブチルヒドロキシトルエン(BHT)、人工甘味料が名指しされています。
これまで勧められてきた低脂肪乳やスキムミルクではなく、全乳が推奨されます

そして食品を安全にするために採用されてきた数多くの規制―特に食品安全近代化法による各種安全対策やHACCPシステムなどは、大企業が有利で小規模家族経営事業者には負担が大きいと非難されます。

そうした栄養学や食品安全関係の制度が全て企業によって歪められたものだとし、アメリカ人のための食事ガイドライン(DGA)に対して特に厳しく批判します。DGAがこれまで飽和脂肪の摂取量を減らすことと減塩を強調してきたことが還元主義による間違いであって、UPFを減らすことこそが正しい助言だと主張します。

そしてカロリーは、栄養のある食品からとるカロリーと加工食品からとるカロリーは違うのに同じ扱いにしてきたと批判します。これまでの長いDGAの歴史が企業の影響を受けた学者によるものであった、従ってDGAに基づいた政府の食事援助計画は全て見直す必要があると示唆します。

なおアメリカと違っている良い例として日本が引用されている部分があるのですが、日本の食事ガイドが伝統的食文化に従ってUPFを避けるように助言している、などということはないし、学校給食では校庭で育てた作物を使うというのはイベントの話を誰かが誇大宣伝したのだろうとしか思えません。

以下他の章も似たり寄ったりです。
それぞれ名指しされている物質を抜き出してみます

【化学物質】
PFAS、マイクロプラスチック、フッ素、電磁波(WiFiや携帯電話、5G含む)、フタル酸、ビスフェノールA、農薬(グリホサート、アトラジン、クロルピリホス)、硝酸、ホルムアルデヒド、ダイオキシン、PCB

【デジタル時代の行動問題】
デジタル機器の所有と使用による運動不足とメンタルヘルスへの影響

【過剰医療】
ADHD治療薬、抗うつ剤(特にSSRI)、GLP-1アゴニスト、思春期ブロッカー、抗生物質、制酸剤(H2ブロッカー)、そしてワクチン

概ねネットのあちこちにばらまかれている専門家ではない人たちが考える「悪いもの」が並んでいます。科学や医療の権威、そして企業が憎むべき対象らしいです。

●利益誘導

ところで現在、保健福祉省の特別公務員としてトランプ政権に政策助言しているCalley Meansとその妹で公衆衛生局長官候補のCasey Meansの共著による本「Good Energy」は日本語訳が出版されています。

GOOD ENERGY – JMAM 日本能率協会マネジメントセンター 「人・組織・経営の変化」を支援するJMAMの書籍

私はしかたがないので買って読みました。典型的な、正統派の医学を否定して自分の提供する「代替手法」(この場合連続血糖値モニタリングと各種検査、および4週間のコース)を売る商売なのですが、それがそのままこのMAHA報告書に反映されています。

MAHA報告書では、次の段階として子供に低炭水化物の加工していない食品を食べさせて肥満とインスリン抵抗性を調べる長期介入試験をすることを提案しているのですが、これはMeans兄妹が「売っているもの」です。企業の資金提供による研究は全て腐敗していると主張しつつ自分たちのビジネスを売り込んでいるわけです、しかも大統領の命令という最大の公権力で。

MAHA報告書はあちこちからいろいろなものを集めてきているので、中にはもっともな主張や事実も含まれます。しかし全体としてはガラクタです。これをもとにした「政策」でアメリカの子供たちが健康になることはないでしょう。

世界一の科学を誇るはずのアメリカが、このようなものを「国のコンセンサス」と呼ぶ日が来るとは、少し前までは想像できませんでした。

アメリカはどうなるのか。目が離せません。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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